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Boys Love Institute

ノンケ男がBL世界や雑談をだらだら綴るブログ

「宇田川町で待っててよ。」を読んだ感想は『同性愛でも女性役の精神年齢はやはり高いのか』だった

2014年のBLコミックはなかなか豊作だったようですね。って話を2015年6月も終わろうかと云うタイミングで始める違和感をどうか許してください。

 存在はうっすら認識していながら、何故か今迄確認すらしていなかったのが、「このBLがやばい! 2014年度版」です。

このBLがやばい! 2014年度版 (Next BOOKS)

このBLがやばい! 2014年度版 (Next BOOKS)

 

 今見直してみると、ランクインしている何作かは、既に読了しています。残りの作品も今後総て読んでみようと思います。で、今更「宇田川町で待っててよ。」を手に取ったのは何故かと云うと、実写映画化されると云うニュースを見たんですね。そちらの情報から、この作品を知りました。

 さて、いつもながら、ネタバレを厭わずに書くつもりですので未読で購入予定のある方は、別の記事でもドウゾ。

基本情報

宇田川町で待っててよ。 (Feelコミックス オンブルー)

宇田川町で待っててよ。 (Feelコミックス オンブルー)

 
人通りの多い街中で、同級生・八代の女装姿を目撃してしまった百瀬は、その日から毎日、「あのこ」のことを考えてしまう。
一方、そんな百瀬の様子に戸惑いつつも、熱の籠もった百瀬の視線をそらせない八代は、無理やり渡された女子高の制服に袖を通し、彼の前に立つが……。。

感想

実にナチュラルな空気感に満たされた作品でした。

 いわゆる「ホモの惑星」が舞台でもありません。つまり、学校のイケメンは総てホモと云う事はありませんし、イカした先生がホモアプローチしてくる事もありません。

 主人公はごく普通の男子高校生で、ごく普通の男子校に通っています。

 数少ない僕のBLコミック知識から思う事として、舞台のルールと云うか世界観?は、物語初期状態で宣言されるケースが多いように感じます。

 この話はホモが当たり前の世界って事で読んでねー、
 とか、
 今回の話はホモ無しの世界観で行こうねー、
 とかとか。

 この物語の序盤で主人公百瀬(ももせ)君が目撃するのは、大して仲が良いわけでもないクラスメイトの八代(やしろ)君が街中で女装して突っ立っている場面です。

 百瀬君は、その女装野郎が八代君だと思いながらも確信を得られず悶々としますが、翌週も同じ場所に向かい再び女装して立っている八代君を見つけて、声をかけます。

 正にボーイ・ミーツ・ボーイ(ライク・ア・ガール)

 百瀬君は八代君に、可愛いからという理由で「付き合って」と告白しますが、物語上の扱いは変な奴の変な行動です。

 つまり、この世界はホモの惑星ではなく、地球なわけですね。この空気感は、説明的なセリフでクドクドと語られるのではなく、シーンの中でさり気なく表現されています。

非日常は女装男子ではなく女装男子に恋する男子

この辺りは、サラリと読み飛ばせるさり気なさなので気が付かない人が多いかと思います。

 云い換えるとごく日常的な場面の中に差し挟まれる不自然や違和感を孕んだ非日常的出来事をキッカケに、物語の主人公と云うには余りに外連味のない凡夫たる高校生が突然事件の只中に突き落とされる、と云う展開です。

 物語のフックとしては女装している八代君の非日常性が入口のように見えて、実はその非日常性を受け入れ、あまつさえ自ら積極的に関わり八代君の非日常性を後押し・加速させようとする百瀬君にこそ、非日常性のテーマ(BL)が投影されているのだと思うんですね。

 何も特筆すべき個性を持たない男子高生が、自ら人間関係を牽引し望む形に導く物語、つまり百瀬くんの成長物語、という見方です。

 僕はそう感じました。

 じゃあ八代くんは変化しないのかと云うともちろんそうではなく、百瀬君の若者らしい鼻息フンフン状態のリビドーによって扉をこじ開けられる、受け開花担当です。

不器用さに萌えが潜んでいる?

どちらも、同性愛について未経験者であり、かつ合意もないワケですから、まあ恋愛を進行させるのが大変なワケです。

 童貞と処女のセックスどころではありません。構造上の面白さは、女装している側の八代君のほうが同性の恋に及び腰である点です。

 これは、ハマったらヤバいぞ、と云う事を本能的に察知し危機回避していたと云う説明がなされます。つまり、未熟ながらちょっとだけ大人なんですね。

 若さ=無軌道さ=不器用さ、は物語の駆動力としては無敵です。永久機関みたいな存在です。

 「好きだから」とか「可愛いから」だけで何でも乗り越えて実行出来ちゃう。この作品も、百瀬君の駆動力がグイグイと物語を転がしてくれるので、甘酸っぱい恥ずかしさとムズ痒い青臭さにマミレテイマス。

 つまり、ただただ未熟で幼いワケです。

 この物語の魅力はまさに二人の未熟さです。

 もうあまりに不器用で恥ずかしいものですから、読んでいてジリジリしてしまい、ページをめくる手がスピードアップしてしまいました。

結ばれる二人の恥ずかしさ

戻れない
俺はきっとこいつに
泣いて
あえいで
みっともなくすがって
「入れてくれ」と懇願する日がきっとくる

 物語の最後、百瀬君の気持ちにこたえる形で、八代君は百瀬君の前で女装し自らキスをし、「かわいいって言って」と頼みます。

 このシーン、物凄く恥ずかしいんですね。つまり物凄く上手いんです。

 男のツレに自分を可愛いと云ってもらいたい八代君の気持ちは、すっかり女性側の領域に踏み込んでいます。女性の気持ちになる事を受け入れた瞬間です。

 この変化をもって、百瀬君が望む形は完成したワケです。満願成就ですね。このあと二人は付き合い始めたらしい描写で、物語は終わります。きっと仲良く宇田川町でデートしてるんでしょう。

 面白いなと感じるのは、現実の恋人の多くがそうであるように、女性側の精神年齢の高さが、彼等二人においても当てはまる事です。

 男役、攻め、の百瀬くんは、どこまで行っても自分本位で直情的で猪突猛進、バカなのが、男の表現として極めてリアルです。そう男(男役)は、どうやったってバカなのだ、と改めて思いました。

 ところで女装男子というキーワードが持つインパクトは、実はもう非日常としては弱いのかもしれません。化粧をする男子も多いと聴きますし、女性のような華奢な体躯の男子も見かけますしね。

 服装なんかも、女性的なものを見かける事は珍しくありません。その違和感がどれほどの威力を持っているのかを知るには、この作品の映画版が役に立つかもしれませんね。実写映画で公開予定だそうです。

 トレーラーを観る限り、八代君役の彼は顔はなんとかなっていますが、走り方とか歩き方が男そのもので、ちょっと笑っちゃいそうです。この映画、男友達と二人で観に行くとか出来ると、周りをザワつかせるんでしょうかね。

絵について

薄味ですね。最近の作家さんはこういう癖というかコクの無いタッチが多いんでしょうか。百瀬君も八代君も物語において重要な役割を担っている割に、美形に描かれるワケでもなく、これと云った特徴もない描き方がされています。

 ただ、この味の薄さがリアルさに繋がっているとも云えそうで、いわゆるフツーの男子高生を描こうとするとこうなる、と云われれば納得出来ます。

 絵は薄味でも、漫画的文法はしっかり駆使されているので、とても読みやすいです。コマ割りやセリフは達者な印象でした(偉そうでスマンス)

最後に

出来事としてはあまり起伏のない作品でしたが、印象には残るものがありました。秀良子先生の作品は、他にも読んでみたいと思います。さて、映画はレンタルでいいかなー。■■

宇田川カフェ本

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「宇田川町で待っててよ。」 [DVD]

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メイキング オブ「宇田川町で待っててよ。」モモとヤシロの蜜談 [DVD]
 
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written by つよ