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Boys Love Institute

ノンケ男がBL世界や雑談をだらだら綴るブログ

記憶の住人vol.01

Novel Original

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寒さの厳しいある冬の朝、貧困にまみれて一人の老人が孤独の中で死んだ。

彼の近しい身寄りは皆死に絶えており、血の繋がらない人間関係を極度に毛嫌いしていた為、友人と呼べる間柄の知り合いは皆無だった。

彼の家を訪れるものは20年近くに渡って一人も居らず、彼の死は発覚するまでに13日間も待たねばならなかった。

ろくな暖房設備を持たなかったその家で、彼の亡骸は無残に腐敗する事なく、ただ時の流れの上に漂っていた。

彼は椅子に座ったまま、キャンバスを前に絵筆を握って事切れていた。

絵は完成しているようだった。

画面には隅から隅まで埋め尽くされたラベンダー畑の中、手を握り合い寄り添うようにして横たわる2人の白骨が描かれていた。

しかし、画面から強烈に伝わってくるのは、ただただ幸せな時間と空間のイメージであり、永遠を想わせる壮大さに溢れていた。

13日経った日の朝、ある事故によって彼の死は発見された。

近くに住む子供が不用意に蹴ったサッカーボールが、彼の座って居た部屋の窓ガラスを割ったのだった。

恐る恐るボールを取りに来た少年によって、彼は実に20年ぶりに他人と関わりを持つこととなり、死は悲鳴によって高らかに告知された。

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彼の死に事件性は見られず、老衰を迎えた老人の孤独死としてあっさりと判断された。

彼の顔は苦痛に歪んでいたわけでも、人生に満足した笑みを浮かべていたわけでもなかった。

ただ一瞬目を閉じただけのような何気ない、当たり前過ぎる表情で死んでいた。

20年もの永きの間殆ど誰にも関わって居なかった事もあり、酷く哀しむものは一人も居なかった。

人の死として最低限の尊厳を持ってこの老人は扱われたが、全ての行為は事務的に進行し、無感動な所作によって粛々と完了していった。

社会としての機能が無駄なく作用していた。

人と人との関係は、時に随分と無駄な時間を必要とし、時に全く無意味と思える行動や言動を誘発する。

それらの動機や根拠は大抵の場合感情がその地下で影響しており、そうして無駄や無意味を多く経験する事が、より人間らしい存在に近付く過程で重要だ。

無駄を豊かさと言い換えるのは、人を人たらしめる発明であり、その価値は今のところ信じて良さそうだった。

しかし彼の生活には、無駄や無意味は存在していなかった。全てに意味があり、動機が存在していた。残念ながらそれを理解出来る隣人は居なかったのだが。

彼の死を処理していく中で、いくつかの問題が出て来た。最初はさしたる問題ではないように思えたがそうではなかった。真っ先に表面化したのは、誰も彼の名前や年齢、家族構成といった情報を知らないということだ。

つまり、ここで死んだ男は誰なのか判らないのだ。

家の中を探せばそれなりの情報はすぐに入手出来ると思われたが、家中を探し回ってみてもそれらしい物は何も見つからずこの家の主人がいかに変わり者であったのかを知る過程となった。

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家の中で見つかったのは、膨大な量の油彩画とA4ノートだけだった。

新人警察官が必死に数えた結果報告によれば、絵は全部で316枚、ノートは200と数冊分に及んだ。当初日記か何かかと思われたそのノートは、老人の手によって創作された物語であった。それも、短編の寄せ集めなどではなく、全てが繋がった一遍の長編小説らしかった。

そしてよくよく観察してみると、300余枚の絵は全てこの物語の挿絵となっているようなのだ。この事に気が付いた新人警察官は、上司にすぐさま報告を入れたが、彼の希望に反してそれ以上物語と挿絵の関連性について調査をする事は認められなかった。

続く■■

Boys Love Institute
written by つよ