Boys Love Institute

ノンケ男がBL世界や雑談をだらだら綴るブログ

不買が能動的なアクション足り得ると初めて思った件 -少年Aの商業活動に関する感想と意見-

宣伝したい意図は全くないし、むしろその反対の意見を持っていますが、少年Aについて思った事を書こうと思います。この記事を書くことでもしかしたら僕の意図に反して、より興味を持ちお金を使う人が増えるかもしれませんが、本当にソレでいいの?と云う気持ちで真面目に書いてみようと思います。

 願わくば、彼のプロモーションが無効化してしまう状況になりますよう。

少年Aはナニをしたのか

連続殺人事件の犯人です。どんな内容の事件だったのかは、Wikiでも調べてください。嫌という程克明な情報がネット上に溢れ返っていますから、簡単に見つかります。

 以前、かなり長時間をかけてこれらのテキストを熟読した事がありますが、大いに後悔しました。本気で気分が悪くなり怒りの感情が体中に溢れ、同時に苛烈な悲しみに襲われ、数時間に渡って平常心を保てなくなった程です。それほどに、この事件は凄惨でした。

神戸連続児童殺傷事件(こうべれんぞくじどうさっしょうじけん)とは、1997年(平成9年)に兵庫県神戸市須磨区で発生した当時14歳の中学生(以下、「少年」と表記)による連続殺傷事件。別名『酒鬼薔薇事件』『酒鬼薔薇聖斗事件』とも呼ばれる。この事件で、2名が死亡し、3名が重軽傷を負った。

 子を持つ親となった今、遺族の方々の気持ちを想像するだけで深い悲しみに襲われます。もう具体的に胸のあたりがクーっと苦しくなります。それは、ディテールがやたらに詳細な犯行の状況説明が公開されている為です。

他人の脳味噌を想像する事

少年Aは他人の痛みや悲しみを理解出来ない性質であるらしく、自分の感情や行動以外のいわゆる外的要素に対する興味や同調と云った情動が、きわめて希薄だと感じます。殺人は日本の刑法で禁じられているから罰せられるのである、と云う理解をしているかのような。間違ってないのですが、合ってもいません。

 罰せられるからしてはいけないのではなく、人が傷付き悲しむからしてはいけないんです。

 なんとも青臭い事を今更書いている自覚がありますが、物事の本質や人間性のあるべき姿を想像する時には、至ってシンプルな答えで充分な気がしています。

 人は必ず誰かを傷付けて生きています。出来るなら誰も傷付ける事なく生きていけるならイイんですが、現実はそうではありませんよね。だからこそ尚更、誰かを傷付ける事よりも誰かを喜ばせる事を考えて生きていきたいし、そう出来た時は自分の喜びになるんだと思うんですね。

 おっと。宗教的な考えや土台は無関係ですからね、念の為。僕は単なる無宗教な仏像マニアですので。

ビジネスとして誰かを楽しませる事

僕もそれなりの大人ですから綺麗事だけでは食べていけない経験をイヤと云う程してきましたので、人類みな兄弟!的な考えは持っていないのです。しかし、他人の脳味噌を想像出来ない人を見る度に、なんだか気の毒な気分になってしまうのです。

 僕は現在、エンタメ業界の端っこでなんとかコンテンツを生み出す仕事をして生計を立てています。この仕事の本質は、他人の脳味噌を想像し仮定し、これまでのその人の経験と我々が提供する素材を材料に、喜びや楽しみを引き出す事にあります。その喜びや楽しみの対価として報酬をいただいている、という感覚なんですね。

 今のところ死ぬまでこの仕事を続けたいと思っています。別に飛びぬけて素晴らしい仕事だと云いたいワケではありませんが、自分では満足しています。

 生業足り得る「仕事」ってやつは、誰かの為に行うものです、基本的に。糧を得る為という意味では他ならぬ自分の為に起こす行動ですが、その内容は必ず「誰かの為」に機能する事でしかありえません。対価が発生する以上は、そうでしょう。

 しかし、「誰かの為」ではあっても、必ずしも誰かを喜ばせる為ではないのが気の毒な出来事を発生させます。行き過ぎた報道が、視聴者の野次馬根性充足に役立ったとしても、報道された被害者や被害者遺族が大きな精神的苦痛を感じてしまう状況などは、判りやすい例でしょうか。

 例に出しておいていうのもナンですが、一概にその職業のある側面だけを取沙汰して非難するのは危険だとも思っています。見たい側面だけを見ている可能性もあります。いずれにせよ、職業、仕事に対して少なくとも誇りと矜持を持っていて欲しいなと思うワケです。

少年Aのビジネス

少年Aが手記を出版したのは2015年6月。事件から18年が経ったとの事ですから、当時14歳の中学生だった少年Aは、32歳のおっさんになっています。当時中学生が殺人犯だった事はセンセーショナルなニュース足り得てしまいましたが、もういい歳のおっさんです。そんな彼が今更ながら手記を発表しました。ネットでも話題だったのでタイトルくらいは聴いた事があるかもしれません。

 「絶歌」

 この書籍が出版された事にはかなり驚きました。そしてどうか売れませんようにと、うーっすら期待したのですが、爆売れでしたね。ええ、ええ、判っていましたけどもね。amazonでもトップセールスになっていました。この書籍が売れると、もちろん著者である少年Aの収益にもなります。この理不尽感にやるせない思いが沸き起こります。

 少年Aは実名も出さずに、まるで物語のような体裁で事件を書籍化しています。ここには明らかに、商品開発の観点から話題性を期待した施策が存在しているように見えるんですよね。

 どうか、どうか皆様。くれぐれも買われませんよう。僕も買っていません。

 どうしても読みたくなったら、ネットで検索してもらえれば、全内容のあらすじまとめなどが存在していますので、ソチラをどうぞ。それなら無料です。うかつな野次馬根性を満たすだけなら、これでも全然充分な内容ですから。

 むしろ読むべきは、被害者の父親が出版した手記です。子を持つ親なら書籍の紹介文を読むだけで、涙で文字が見えなくなるかもしれません。内容は単なる恨み節で終始するような類のものではなく、少年法に関する真摯な意見が含まれています。残念ながら既に中古販売でしか手に入らないのです。増刷を願ってやみませんが、それでも読むならコチラを。せめて。

淳 (新潮文庫)

淳 (新潮文庫)

まだまだ続く少年Aのビジネス

 公式サイトの公開時点で予想出来た事でしたが、遂に少年Aは有料メールマガジンの配信を開始しました。とにかく思う事は、彼に殺人のネタでお金を儲けさせてはダメだ、という事です。直接的な意味で殺人の内容を扱っていないとしても、彼の言葉や文章をコンテンツ化してはいけない、と強く思います。このようなものがエンタメ化する事に強い嫌悪感と虚無感を覚えます。

無視して欲しい

さて、これだけ書いておいて何を云うかと思われるかもしれませんが、どうか彼のコンテンツに反応しないでください。ソレを云いたくてこれだけの駄文を書いてきたのです。

 商品としてコンテンツ化させない為に必要な事は、「お金にならない」事を証明するしかないんです。

 もしもメールマガジンの内容が気になるなら、ちょっと待てば誰かがネットでばらまきますから、きっと。だから反応しないで欲しいなーと思うのです。少なくともコストが発生する形では絶対に。

 これって、いわゆるネガキャンてやつでしょうかね。不買運動の呼び掛けですよね。まさか自分がそんな事をするとは今尚驚きですが、書いちゃったので公開しておこうと思います。

最後に

殺人は遂にビジネス化しました。少年Aのプロモーションが、民意や良識によって無反応というリアクションの末、無効化し消滅するなら良いのになと思っています。■■

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written by つよ