Boys Love Institute

BL世界や雑談をだらだら綴るブログ

「70年なら一瞬の夢さ やりたくねえ事やってる暇はねえ」のだよ

四月です。世間にフレッシュが溢れかえっていますね。

 着慣れないスーツに着られている新人、化粧の仕方を勘違いしている新人、おっさんから見ると一発で判るフレッシュさで街は賑わっているかのようです。

 そんな微笑ましい春の風物詩を眺めながら、頭の中にはマーシーの声が響きます。

 新社会人になった若者達は、本当にその職業に就きたくて就職したのかなあ。

 好きで就いた仕事ならいいのになあ。と。

 仕事なんてものは生きる糧を得るための単なる手段、と割り切って生きるのも悪くありません。

 僕の知人友人の中にも早くからそうした方針で生きている人々もいます。

 彼等が不幸せかと云えばそうとは限らず、自分が選んだ道を進みながら、仕事以外で得られる幸せを独自に持っていたりして、結構幸せそうです。

 それは家族との時間であったり、1人で楽しむ旅行であったり様々。

 また、自分が好きな何かを生涯の仕事として選んだ人々も多くいまして、僕も比較的ソチラ側の人間と云えます。

 ただし僕の場合は、2番目に好きな事を仕事にした感じですね。

 1番は音楽で、若かかりし頃は音楽を仕事にしようとした時期もあったのですが、訳あってゲーム制作の仕事に就きました。

 かれこれ20年以上前の話です。

 しかしまあ少なくとも僕は、行為そのものが好きな仕事でなければ続けていける気がしませんでした。

 あと単純に、やりたくない事を割り切って実行出来るほど大人ではなかったのです。

 そう云った意味で、結果的に2番に好きだったコンピュータ・グラフィックの制作を仕事に出来たのは、幸運としか云い様がありません。

 さて、僕は就労の形態は色々を経験した後、2年前から会社員と云う立場で日々労働していますが、この業界に関わり始めた頃から心根の部分はあまり変わっていません。

 つまりは、承認欲求と自己満足を満たす為に働いていると云う動機です。

 この背反しこそすれなかなか共存させ難い2つの衝動があるからこそ、20数年を経た今でも飽きもせず同じ仕事を続けていられると思っています。

 有難や有難や。

 世間では、サラリーマンの出世はコスパが悪いとか、非正規雇用によって搾取されているとか、とかく経営者と労働者の対立構造があるかのような表現、言及を見聞きします。

 が、本当にそうなんですかね?

 ブルジョワとプロレタリアが現代に?

 時代の先読みがより困難になった近代において、会社経営が安定幻想として成立しなくなった事が大きな原因なのかなあなんて思います。

 雇われる側が1番期待するモノを、企業が保証出来なくなっちゃったんですよね。

 生き甲斐、とかやり甲斐とか。

 安定感を手に入れられれば、まだ騙し騙し継続できたかもしれない経営者と被雇用者の関係は、よりドライでシビアな価値基準でしか対話が出来ない状態にまでなっちゃった感があります。

 だから雇われる側は、 出世を喜べないんじゃないかなあ、と。

 そうならそうで、最初から考える事はやはり二択のまんまです。

 生きる為の糧を得る手段として割り切るか。

 苦しくても好きな事を選ぶか。

 時代をサヴァイヴするには、他人が流す本当か嘘かわかんない情報を集めてもさほどの意味はありません。

 その情報は、あなた以外の誰かも手に入れているわけなので、しかもかなり多くの人々が。

 じゃあ何を信じるのか?

 自分の経験と直感しかないんですよね、残念ながら。

 いや、残念とは限りません。

 しかし、未熟なうちは残念な結果を招くかもしれません。

 それでも、その経験則はショートカットしたり何か別の手段で代替出来るものではないので、結局経験値を積む事になります。

 それなら早い方が良くないですか?

 仕事に求めるモノは自分で決定するしかありません。

 好きな行為でもそうでない行為でも、仕事は仕事。若かろうが歳をとっていようが、コレと決めた仕事が見つかるといいよね。

 若者は、どんどん失敗して、とっととプロになってくださいませ。■■

ブルースをけとばせ(デジタル・リマスター・バージョン)

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written by つよ