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Boys Love Institute

ノンケ男がBL世界や雑談をだらだら綴るブログ

漫画「雪の下のクオリア」を読んだ感想は『リアリティラインのコントロールが巧いわー』だった

紀伊カンナ先生の新作です。エトランゼシリーズでカンナ先生が大好きになったので、もちろん別の作品も追いかけますよ。あそういえば、明日美子先生の作品で感想書いてないのむっさあることを思い出しました。いやいや、今回はカンナ先生です。さてさて。

基本情報

雪の下のクオリア (H&C Comics CRAFTシリーズ)

雪の下のクオリア (H&C Comics CRAFTシリーズ)

 

草木が好きで人嫌いな小林明夫。同性と一度きりの関係を繰り返す大橋海。

二人は同じ大学で同じ学生寮だった。
海が明夫に懐き、明夫も少しずつ海に気を許すようになっていく。
だが、ある日、海は明夫に「先輩は寝なくても一緒にいてくれるから優しいです」と言う。
明夫はそんな海のことが理解できなくて……。

好きになった相手に愛されたい。そう思っているのはどちらだったのか?

感想

過去作エトランゼシリーズもそうですが、いつもながら絵的な密度が異常に高い作品でした。もうね。可能な限り描いちゃうんですよ、カンナ先生ったら。BLに限らず昨今の漫画作品の中で、これ程各ページが埋まっているものは珍しいんじゃないかっていつも思います。これはカンナ先生の手が異常に速いというコトもあるんでしょうね。

 背景なんかは速い線が多いので、きっとみるみる描いちゃうタイプなんじゃないでしょうかね。全部想像ですが。

ノンケがほぼ最後までノンケ

今作の特徴と云うか特筆すべき点は、恋する2人の青年の内1人は最初っからゲイですが、もう1人がほぼ全編にわたってノンケでい続ける、つーことです。物語のスタート時にノンケで、ゲイの導きによって新たな人生(w)の扉を開くことになる的な展開はありがちですけども、本作はそうはなりません。

 大学で植物の研究をしている学生、明夫くんは 物語の最後までノンケのまんま。

 これってBL作品のまーまーデカい醍醐味を捨ててる事になりそうなもんです。ボーイズラブに向かうか否かと云う点だけがフォーカスされていたとしたら、確かに大きな武器を棄てた事になるわけですが、この物語がそもそもボーイズラブと云う側面だけをフィーチャした話ではないんですね。

 物語のラスト付近で、初めて二人はキスをしますが、昭夫くんの不意打ちと云う形でふんわりとした空気のまま決定的なナニかを予感させるものではない感じで描かれます。

 このサジ加減が絶妙です。

 続編あるなこりゃと思ったのは僕だけではないと思いますが、ともかく、二人の関係性は何にも決定されないまま物語は終わりを告げるのです。少なくとも、外的要因の後押しによってではありますが、二人は同居を開始しますし、お互いの家族の歴史などを知り合う仲になったりはしますが、あくまで先輩と後輩の関係がベースです。

 敢えて言葉にするなら、明夫くんが海くんのことを恋愛対象として見始めようとする、くらいのトコロで終わるんですね。

 昭夫くんの立場や視点はリアルノンケの僕と感覚的にカブるので、ごく自然に理解出来ました。年下で見た目が美しい男の子が自分に懐いてくれたとしたら、人間としては好きになれるかもしれない。でもあ、なーるセックスとか全然無理、と云う距離感覚。流石にキスしちゃうクダリはBL漫画的サービス精神もあるのかもしれませんけども、ソコ以外はリアルに置き換えてみても一見大きな違和感を感じないわけです。

 つまり海くんの存在は非日常をアイコン化した結果のように見えたんですね。ゲイであり一晩限りの肉体関係を続けている恋愛の出来ない顔の美しい青年が持つ「ファンタジー感」は、この作品が唯一許した表だったフィクション部分だと思いました。

BLがファンタジーの世界観

昨今の流れと云えるのかもしれませんが、舞台は「ホモの惑星」ではなく、地球の日本です。つまり大学の教授はみんなホモだったりしませんし、世間のイイ男は総て漏れなくホモだったりもしません。

 これ重要です。

 良い悪いの話は置いておいて、設定された舞台は極めてリアルな日常を描いているように見える、んですね。本当はリアリティが高く見える架空の世界なわけですが、ポイントはその世界が存在しているかのような説得力を獲得しているか否かだと思います。

 作家は、作品のどこかのタイミング(多くは物語の序盤)で、この世界の理(ことわり)を読者に示す必要に迫られるわけですが、カンナ先生の場合はその作業を、圧倒的情報量の背景作画によって行っています。これは最初に書きましたように、強烈な作画能力によって下支えされており、そう易々とは真似出来ません。

 これは十分作家性として武器になります。

 この武器が強化されればされるほど、そのリアリティを壊す為の小さなひび割れを作ることで得られる違和感や非日常感も自ずと強くなる構造です。本作ではそのひび割れが海くんの存在であり、ゲイと云う性質です。対して明夫くんはリアリティラインとして描かれているよう見えるんですね。

一番大きなテーマは家族のつながり

実はエトランゼシリーズにも共通する本作の最大のテーマは、「家族」にあると感じました。カンナ先生、ホモ恋愛だけを剥き出しで描こうとはしておらず、あくまで要素の一つとして扱っている印象。それよりもっとアカラサマに重要性をもって描かれるのは、家族のつながりや愛情の話題です。

 理屈では許すことの出来ない肉親の身勝手や過去の思い出がありながら、自分の生活や将来に関係する決定には必ず父親の影響を受けているのが明夫くんです。それを自分でも気が付いていて、しかしソコには明快な理由を見つけることも出来ず、結果的に自分一人で居る事を執拗に求めてしまっているんです。

 作品の流れは、明夫くんが海くんに心を開いていく過程であり、同時に自分の家族の在り様を受け入れる過程でもあります。最初と最後で最も変化をするのは明夫くんの方です。

 このことは実に巧みなストーリーテリングによってつい見逃しがちだと思うのですが、非日常をアイコンである海くんではなく、最もリアリティの高そうに見えた存在である明夫くんに「物語最大の変化」を与えているんです。

 つまり最大のテーマは日常の中に起こり得る家族の問題で、どうしようもなく受け入れるしかない回避不能性を持っている。

 このことを逆算的に浮彫にするのが、海くんのゲイとしての苦い思い出や一夜限りの肉体関係を繰り返す特殊性になっていて、ちょうど彼等は表裏の対になっているわけです。

 全部想像なので何の根拠もありませんが、僕はそう解釈しました。こりゃよく出来た話だわい、と。リアリティラインとして描かれていると思っていたら作品の本質だった、と後から気づかされたわけです。

 またもや絶賛してしまいました。

漫画的表現の慣れ

カンナ先生、漫画的表現を結構凝って仕込んでいます。しばらく後になって意味を持つモノローグやよくよくコマを見ていると気が付けるような、仮に見逃したとしても物語の進行理解には大きく影響しない仕掛け、とでも云いましょうか。

 そもそも明夫くんが植物研究を志したきっかけ自体が父親の影響だった点などは、殊更その事を大きく取り扱わないので、なかなか気が付かずに過ぎ去ってしまうかもしれません。流石に物語終盤ではそのことが明示化されて、ああなるほど、となるわけです。しかし2回目を読み返すと、結構早い段階でいろいろの情報が提示されていたりします。

 なんと云うか、漫画的な作戦がよく練られてるんです。

 僕のような面倒くさい読み手にとって、こう云う仕掛けは楽しくて仕方ないんですね。漫画的に優れた手法だなと感じます。ネーム段階で色々考えていらっしゃるんだろうなー。

最後に

考えるな、感じろ、と云われたら、すみませんとしか云えませんw。大好きな作品のことは大好きで、大好きな作品のことを考える行為も大好きなので、放っておいたらどんどん自家発電的に想像と妄想が広がり続けてしまいます。理屈をこね回しはしましたが、単純に好きだと思ってもいるので、カンナ先生には是非とも続編を描いていただきたいなと思いつつ、エントリを送信いたします。■■

Boys Love Institute
written by つよ