羽生山へび子先生の作品てぇと今作で2冊目でさぁ。「僕の先輩」はBL作品ではありますが、物語としてもギャグ漫画としてもクオリティの高けぇ作品でやした。絵も話運びも、物語の構成も、何故だかつい嫉妬しちまうほどにさり気なく巧みで、更にBL要素まで振りかけられていりゃぁ、こりゃ面白ぇに決まっていやす。人生長生きしてみるもんでさぁ。
さて今作は猫が主人公なの?と好奇心を膨らませながら手に取りやした。いつもながらネタバレしまくるつもりで書きやすんで未読のご婦人はご注意を。
基本情報
其処は大江戸、柳町。
煩い大家の長屋の一角に住まうは、仕事もせずぷらぷら過ごし、隙あらば色仕掛けしてくる居候・弥源治と、
そんな弥源治を養う人気魚売りの清二だ。
けれどある日、弥源治が子猫を拾ってきて?羽生山へび子が描く えどかわいい 猫びーえる物語!!
感想
もうね……。なんてーの。
好き!
へぃ、久しぶりに出やした。あっしは手前ぇが好きなナニかを誰かに勧める事にゃ目がねぇレコメンド癖のある男ですが、そのあっしをもってしても言葉ぁ尽して褒めたたえんのが野暮だと感じる程に、味わい深えぇ作品でした。
粋、っての?
鯔背、っつーの?
ともかくイカした男の話で。「僕の先輩」でも感じた事ですが、凡そ表紙の絵柄から連想していた内容たぁ違ぇ読後感でして、とんでもねぇイイ意味でブン裏切られやす。こんな裏切られ方ってんなら何度でも経験してぇ、ってなもんでさぁ。
は。
すみませんすみません、作中の世界観に完全に影響されてついついブロークン江戸言葉で書してしまっていました。どうにも違和感がなかったもので気が付きませんでした。てへ。読みにくぅございましょうから、普通にかきまさぁ。(おい、また
猫が繰り広げる江戸噺
さて気を取り直して。表紙から想像つくかと思いますが、この漫画には人間が一人も登場しません。猫擬人化の世界観です。その上時代背景は江戸です。そしてBL。設定だけ聞くとしっちゃかめっちゃかになりそうな印象です。ところがそうでもないんですよね。
ザックリ表現するとこうです。
長屋を舞台に、魚屋・清二の元に転がり込んだ居候の色男・弥源治、拾った子猫・ぼん、が織りなす人情噺。
話じゃなくて「噺(はなし)」ね。そうつまり、江戸落語的な短編集と云った体裁なんですね。江戸落語と云えば人情噺が真骨頂。上方落語*1とは大きく違うその醍醐味が、本作では見事に開花しています。
そんな江戸落語の世界観を生きる猫達がなんとも愛らしくて憎らしいんです。主な登場人物は以下の通り。
- 清二
男気のある町内でモテモテの魚屋。弥源治の奔放さを窘めながらも、ついつい面倒を見てしまう人情派。自分のお節介に辟易している男前。何やら隠された過去を持っているらしいが多くを語ろうとしない。 - 弥源治
清二の元に転がり込んで、日がなダラダラと過ごす怠けモノだが、見た目の美しさはピカイチの美猫。男ながら清二にうっすら惚れておりチョクチョク誘いをかけるが、かわされてばかり。ある日町で子猫の「ぼん」を拾って来てから3人の生活が始まる。清二と出会う以前の事は謎のままである。 - ぼん
弥源治に拾われ生活を共にする事になる。おだやかで素直な子猫だが、素性が明らかではない。手習いの上達が早く、高貴な出自では?と清二は見立てるが。長屋の子供達と仲良く遊ぶ日々。黒目がちで超愛らしいキャラクタ。萌ゆる。 - 三吉
ぼんが長屋に来て初めて出来た友達。あまりに貧乏な家でありながら家族が多く、兄弟を想うあまりに盗みを働いていたが、ぼんと手習いに通うようになり人としての教育を受け厚生していく。終始レイプ目の薄幸少年。 - 井川佐助
清二と並び町内で人気を集める男前の鳶。うっすら清二に嫉妬しているが、弥源治の色気に惚れてもいる。 - 岩蔵源右衛門
ぼん、三吉の手習いの先生。かつてはレッキとした武士であった為文武両道に秀でているが実にお人よしで損ばかりしている。ある為にあらぬ噂で実家から絶縁を言い渡されてしまう。手習い料を取り立てる事もしない為いつも腹を空かしているが、ぼん、三吉を教育するうちに弟子が増え始める。
どうでしょう。人情噺の展開するキャラクタとして100点ですよね。一見ステロティピカル(←云いたいだけ)な人物配置、いや猫物配置に見えますが、本当に典型的ですwww。ところが、コレがありがちな物語としてツマラナクなるのではなく、キて欲しいトコにちゃんとクる見事なコントロールで放り込まれるものですから、超気持ちイイ展開ばっかりなんですよね。
イイことも悪いことも、おテントウさまはちゃんと見てんだよ、と云われているような気がしてきます。社会で生きていく事は概ね楽などなくて、人は皆大小それぞれの問題や苦しみを抱えながら、それでもなんとか頑張って小さな幸せを見つけ生きているんだよ、的な。
どうも僕のような凡愚が言葉で説明するとありきたりになっていけませんね。
へび子先生の照れ隠しはアレに似ている
へび子先生はとても暖かなお話や人情味あふれるエピソードなんかが、凄くお好きなんじゃないかと思うんですね。更に、そんな性癖をただただアカラサマに表現する事もソレはソレで照れくさいんじゃないかなと。 ギャグ漫画という体裁をとる事で作家としての個性を獲得し且つ、気持ちのバランスをとっているのかなぁって想像するんですが、いかがでしょう。
僕なんかはそれなりに歳喰ってますから、照れ隠ししながらも小粋な人情の噺を立て続けに見せられると、つい迂闊にも涙が出そうになっちゃったりします。へび子先生の超巧い絵で可愛い猫が切ない事になったり云ったりしてると、もうたまらんワケです。
ギャグ漫画として入口のハードルをゆっるゆるにしておいて、気分がドライヴし始めた頃に、序盤で気づかないうちに張られていた伏線が意味を持ち始め、気が付けば大きな物語が実は平行して進行していた事に気が付く、みてーな構成をやっちゃってくれるのも、へび子先生のプロってるヤリ口ですね。「僕の先輩」も然りです。
この感じってなんの作品で感じたんだっけなぁと思いだしてみたら、業田良家先生の「自虐の詩*2」でした。ご存知でしょうか、「自虐の詩」。タイトルからは想像も出来ないほどに超くだらないギャグ漫画です、ただし最初のウチだけ。この物語構成には唸らされたものですが、あの読後感に似ているな~と思います。
発表形式はweb漫画
今更ながら云い忘れていましたが、本作の初出はweb漫画です。しかも今でもばっくなんばーとして、最初から読めます。と云う事を最後まで読んでから知りました。なんと……。買わなくて良かったんじゃ……?いえいえ、ちゃんと書籍版のみの描きおろしエピソードが含まれていますのでご安心を。しかも28ページもありますから、読み応え十分のボーナスですぜ。これがまた切なくてイイんですわ……(←どんだけ)。
ここまで読んで興味沸いてます?読んでみたいです?ねえねえ、読んでみたいです?
絵の話
もうね……。なんてーの。
好き!(2)
相変わらず、最高の絵です。いやー本当に上手ですよねえ、へび子先生。画材は何を使っておられるんでしょうねえ、気になりますねえ。背景は丸ペン、キャラクタはGペン?カブラペン?かなあ。
入り抜きがしっかりあってメリハリの効いた線がとても魅力的です。もしかしてペンタブだったりすんのかなあ。中村明日美子先生とはまた違った意味あいで、大っっ好きです。
ちなみに、カバー装丁も超素敵です。紙がいいのよね。そしてカバーを外すと表紙には書下ろし1ページ漫画、背表紙にはあとがきが隠れています。これは是非購入してご確認くださいまし。そのあとがきにも触れられていますが、続きはwebで公開されています。
最後に
久しぶりに大ヒット作品でした。へび子先生はやはり追いかけておくべきだったか。これから過去作を漁る旅に出かけますので、それじゃこの辺で。
追記2016/03/28(月)
なんとご本人様登場!!!!ふごおおぉぉぉぉぉ!ありがとうございます!■■
*1:上方落語:そうそう突然ですけど、僕は上方落語がめっぽう好きでしてね、ええ、ええ。一番の推しはなんとゆぅても桂枝雀師匠の落語でさぁな。残念ながら枝雀師匠は既にこの世にいはりませんけど、DVDやらCDやらで何度も何度も師匠の噺を聴いていますんです。中でも一番好きなネタは「不動坊(ふどうぼう)」ちゅぅやつですね。このネタはいわゆる古典落語なんで枝雀師匠のオリジナルネタちゅぅワケやないんですが、それでも枝雀師匠のアレンジが随所に配されて、強烈に個性を発揮していますなぁ。師匠のお道化た顔芸は音だけでは伝わりゃしまへん、とは云え観客の笑い声からきっと可笑しな顔をしてはったんやろなぁと想像しもって聴くのが楽しいもんです。
古典落語ちゅぅもんはほんまに面白いエンタメでして、噺の大筋は同じでも、噺家によって物語のディテールがガラリと変わっていたり台詞もガンガンに変わってきます。驚く事に、いわゆる話のオチである「さげ」まで違っている場合も珍しくありません。つまり古典落語は単なるフレームワークちゅうことですな。そのフレームをどう解釈しどう面白味を追加し、自分なりの作品=噺に仕上げるのか、ちゅぅ部分が噺家の腕の見せ所でもあり、醍醐味なんですねぇ。もし興味がおありでしたら、ぜひとも桂枝雀師匠の落語を聴いてみてくださいまし。その他のお勧めは「花筏(はないかだ)」、「寝床(ねどこ)」あたりでっせ。
*2:自虐の詩:ダジャレ落ちがほとんどを占める4コマギャグマンガとして物語は開始され、このしばらく続くくだらなさを耐えると、そのあとに待っている急転直下のストーリーに驚かされ、そして総てを読み終わった後には、涙を流している自分に気が付く、と云う作品です。ちゃんと最初から読まないと感動が正しく伝わらない、ハッキリ云って超名作です。4コマ漫画が持つ可能性に何度も驚かされる超名作なので、未読の方は是非。